28大富豪の世界 タバコ王の11歳の相続人
大変裕福なタバコ王ジェームズ・デューク(1856-1925)は、約1億ドル(2020年の価値換算で14億8,000万ドル相当)の遺産を残した。その残りの多くが、当時11歳のドリス・デューク(1912-1993)に渡り、彼女は「世界で最も裕福な少女」となった。
彼女はそのお金で、全地球的な旅行と広範囲な関心事の生活に資金を提供することができた。それらは、ジャーナリズム、サーフィン競技、ジャズ・ピアノ、野生生物保護、東洋美術およびハーレ・クリシュナにわたる。
彼女の事業の大部分は、ニュー・ジャージーの父の地所に集中したが、そこに彼女は、世界旅行で獲得した工芸品を供給され、精巧な主題の庭園を多数造ったが、そのなかにはアメリカ最大の屋内植物展示をふくまれる。
●2度の結婚
ドリスは2回結婚した。1度目は1935年にジェームズ・クロムウェルとで、彼は妻と同様にニュー・ディールの擁護者で、政治生活の資金に彼女の財産を使用した。夫婦には娘アーデンがいたが、生後わずか1日で死亡した。ふたりは1943年に離婚した。
ドリスは1947年9月、ドミニカ共和国の外交官で悪名高い女たらしのポルフィリオ・ルビロサの3人目の妻となった。彼女は、争いの無い離婚に同意するために、彼の妻のフランス女優ダニエル・ダリュー(1917-2017)に100万ドルを支払った。結婚期間中、彼女はルビロサに、贈り物として幾百万ドルも与えたし、そのなかには、ポロ・ポニーの複数の伯舎、複数のスポーツ・カー、改造したB-25爆撃機1機、そして離婚財産処理合意ではパリの17世紀の家屋も含まれる。
●慈善事業
ドリスの慈善事業は老年まで続いたが、その一部は、彼女の生前には公衆には知られなかったし、彼女の13億ドルと見積もられる財産は大部分、慈善のために残された。
受託者と遺言執行者による多くの異議申し立てののち、デュークの遺産は今は、ドリス・デューク慈善財団によって管理され、医学研究、児童動物虐待防止、舞台芸術、野生生物 および生態学に献納されている。
●信託と遺言書問題
ドリスは、父ジェームズ・デュークによって作られた信託の終身受益者であった。
1988年、75歳のドリスは、チャンディ・ヘフナーという女性を法律上の養子縁組をした。彼女は35歳のハーレ・クリシュナの熱烈な帰依者で、億万長者ネルソン・ペルツの3人目の妻の姉妹であった。
ドリスは、ヘフナーは、生後わずか1日で死亡したアーデンの生まれ変わりであると主張した。やがてこの2人の女性は仲違いし、彼女は遺言書の最終版に、ヘフナーが彼女の父の信託からの利益を得ることを望まないと明記した。そして彼女は養子縁組を無効にした。(資料 英語版ウィキペディア)