シュールの本棚

世界で日々起きていることは、現実を超えて進んでいる

1コラージュ「日本の謎」はじまり

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1 命を賭けてアメリカ船に乗り込む吉田松陰

Shoin Yoshida betting his life on an American ship

謎1 なぜ吉田松陰は米艦船に乗り込んだか?

1854年嘉永7年)、ペリー提督は日本との国交を促すため、東インド艦隊7隻で日本を再訪した。

4月25日未明、艦隊の一隻ミシシッピ号の舷側に、小舟で近づいた2人の武士がいた。吉田松陰(23歳)と金子重輔 (23歳)の2人だ。彼らは提督の乗る旗艦ポーハタン号へ行けと言われ、高波のなかを小舟を漕いで甲板に上った。提督は2人に要件をただすと、松陰は「乗船して世界を見分したい」と述べた。しかし2人は乗船を拒否され長州藩に投獄される。翌年、金子重輔は獄死。松陰は自宅監禁となる。 松陰は、前年の1853年にも長崎に寄港していたロシア艦の搭乗に失敗している。 彼の米艦船搭乗の様子は、松村春水『下田に於ける吉田松陰平凡社1930年に詳しい。

1858年、「日米修好通商条約」が締結されると、攘夷派の松陰はこれに反対し、老中の暗殺を企てる。そのため彼は再び拘束され、江戸幕府に引き渡され死罪となる(29歳)。