シュールの本棚

マックス・エルンストの『百頭女』の影響を受けて、作品を作ってみました。

19 ハイゲート霊園

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1ハイゲート霊園のカール・マルクスの墓

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ハイゲート霊園は、ロンドン北部にあり、ハイゲート墓地の西墓地と東墓地の約5万3,000の墓には、約17万体が埋葬されている。ハイゲート霊園は、埋葬地と自然保護区の両方で力を注いでいる。

元の形の墓地である北西部の森林地帯は、ロンドン中心部の外側に7つの大きくて近代的な墓地を提供する計画の一環として、1839年にオープンした。

東墓地にはカール・マルクスの墓、西墓地にはマイケル・ファラデーの墓がある。

18 ゴルダーズ火葬場

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1ゴルダーズ火葬場(ロンドンの最初の火葬場)

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2 敷地内の霊廟のフロイト家の骨壺

イギリスでは1885年まで火葬は合法ではなかった。ゴルダーズグリーン火葬場と霊廟は、ロンドンに開設された最初の火葬場で、英国で最も古い火葬場の1つ。ゴルダーズグリーンの火葬場は赤レンガ造りの建物で、資金ができるようになると段階的に建てられた。

火葬場の土地は1900年に6,000ポンドで購入され、火葬場は1902年にヘンリートンプソン卿によって開かれた。1939年までに敷地はほぼ完成したが、それ以降、いくつかの建物が追加された。

1902年11月以来、323,500以上の火葬がゴルダーズグリーン火葬場で行われ、英国の他の火葬場よりもはるかに多い。現在、年間約2,000件の火葬が行われている。(Wikipedia 2020.11)

17 トラファルガー広場

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トラファルガー広場 (1925.1.1撮影)Turnbull Library collections

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建設中のネルソン記念柱 (print 1844.4)

 

トラファルガー広場は、ロンドン中心部のウェストミンスター市にある公共広場で、19世紀初頭にチャリングクロスと呼ばれていた地域の周辺に設立された。

広場の名前は、1805年10月21日にトラファルガー岬の沖で行われたナポレオン戦争での、「トラファルガーの海戦」の勝利を記念している。

中央に噴水がある広いスペースで、噴水の隣に高さ52mのネルソン提督の記念碑(ネルソン記念柱)が、1843年11月に立てられた。

16ロンドンの盛衰 「イギリス首相官邸」

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1 ダウニング街10 正面玄関

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2 玄関ホール

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3 2階への階段

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4 キャビネットルーム

イギリス首相官邸、通称「ダウニング街10」は、1735年にジョージ2世が初代首相のウォルポール卿に官邸として譲ったときから、イギリスの首相の家として使用されてきた。

300年以上の歴史があり、およそ100室を備える。現在の建物は3階建で、「10」とだけ書かれた黒の玄関の扉が有名である。事務室、会議室、応接室、居間、食堂などおよそ100室が備わっている。

ドアを通って玄関ホールがある。 隅にある黒い椅子は当初、警備員が使用していた。壁には過去の首相の肖像画が並び、階段の上部には現職者の写真。 左下にチャーチルの写真。2階にあるキャビネットルームで、内閣は毎週木曜日の朝に会合する。(資料と写真 businessinsider.com 2015.11.)

15 ロンドンの盛衰 「ニューゲート監獄」

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1 ニューゲート監獄(1900)1902年に解体される

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2 ニューゲート監獄屋外での公開処刑1800年代 (出典)wikipedia(英文)

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3 ニューゲート監獄屋外での最後の公開処刑(1868.5.27)

(出典)図説警察ニュース(1868.5.30)

ニューゲート監獄(Newgate Prison)は、イギリスに1902年まで存在した刑務所。1188年にヘンリー2世の命令によりシティ・オブ・ロンドンのニューゲートに建設され、1236年に大きくその規模を拡大された。古い監獄は一度完全に取り壊され、1770年から8年かけて建物が新設された。

1780年のゴードン騒乱で、刑務所が放火され、受刑者300人が脱走し、多くの受刑者が焼死した。刑務所は2年後に再建された。

1783年にロンドン市は、絞首台を刑務所の外に移した。公開処刑は大勢の観衆を集めた。

1812年に刑務所を訪れたエリザベス・フライは、刑務所の改善に尽力し、ニューゲート監獄は改善されることになる。

1868年5月の公開処刑が最後となり、その後は監獄内で行われるようになる。作家のオスカー・ワイルドも1895年に入獄している。この監獄は1902年に解体された。

14 ロンドンの盛衰 「東インド会社」

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東インド会社の本社の設計図 1726年

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2 1799年再建された東インド会社本社

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東インド会社の取締役会議室。1820年 (図版大英図書館

イギリスの勅許会社である英国東インド会社は、アジア貿易の独占権を認められ、17世紀から19世紀半ばにかけて植民地経営や交易に従事した。東インド会社のオフィスはロンドン東部に拠点を置いていた。

1726年、新しい東インド会社の本社は、パラディオ様式で設計され1729年までに完了した。

1796年に、会社は追加の土地を購入し、敷地を拡張する作業が始まり1799年に完成した。

1857年から1858年にインドで起きたイギリスの植民地支配に対する抵抗運動(セポイの乱)が発生、イギリス政府は、この反乱の全責任をイギリス東インド会社として解散させ、インドを直接統治することになった。そしてリーデンホールストリートにあった東インド会社の本社は1861年に解体された。(図版大英図書館

13 ロンドンの盛衰 「大英博物館」

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グレートラッセルストリートにある博物館の南入口(1880年) 資料 britishmuseum.org

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               大英博物館の一階の円形閲覧室

大英博物館British Museum)は、ロンドンにある世界最大の博物館の一つ。 建物は地下を含む3つのフロアがあり、古代エジプトからアジア迄の美術品約800万点(常設展示は約15万点)。起源は王立協会会長で、古美術収集家のハンス・スローンの収集品である。スローンは遺言で自身の蔵書・版画・硬貨など8万点を政府に寄贈することを記した。博物館の設立には宝くじ収益があてられ、1753年に設立され1759年1月に開館した。1857年には円形閲覧室が中庭の中央部に建設された。