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16 有名人と同性愛  スウェーデン女王クリスティーナ

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クリスティーナとエバ・スパーレ(枠)

 クリスティーナ(1626–1689)在位(1644–1654)は、17世紀のヨーロッパで最も有名な女性を愛する女性であった。彼女はグスタフ2世アドルフ王とマリア・エレオノーラ女王の一人っ子だった。彼女の父親が6歳のときに死亡、即位して男装して過ごす。クリスティーナは三十年戦争終結させ、父親が亡くなった宗教を放棄した。彼女はカトリックに改宗することにより1654年に退位し、スウェーデンを離れてローマに定住した。

 クリスティーナは結婚したことがない。スウェーデンの王位継承者を与える義務にもかかわらず、彼女は断固としてそれを拒否した。クリスティーナが男性よりも女性を性的に好んだという現代の噂の説明の1つは、彼女が男装したという事実があった。彼女の服は男性的なスタイルと女性的なスタイルがミックスされており、男性用の靴を履いていた。彼女は雌雄同体だったのではないかという噂があった。彼女は、同時代の人たちが男性的であると表現する方法で、歩き、座って、話し、動き、そして身振りで示した。 彼女は、女性が非常に美しい場合でなければ、女性よりも男性の仲間を好んだ。

 クリスティーナのマナーは女性よりも男性の役割によく合っていた。ローマにいる間、これはしばしば教皇の不満を引き起こした。 

  クリスティーナの若いときの情熱は、宮廷の美しさである女性、エバ・スパーレ(1629 – 1662 Ebba Sparre)だった。

  クリスティーナは、夜を含め、余暇のほとんどを「美人の女貴族」と過ごし、しばしば彼女の美しさに注意を促した。 彼女は彼女を「ベッドフェロー」として英国大使ホワイトロックに紹介した。

 クリスティーナがスウェーデンを去ったとき、彼女はスパーレに情熱的なラブレターを書いた。スパーレは、彼女をいつも愛していると彼女に言った後、数年で亡くなった。歴史上の多くの強力な女性は良く描かれないがが、彼女もその一人である。