17 戦争経済 B-29と原爆製造費用
世界で最初に実戦につかわれたアメリカの原子爆弾製造計画(マンハッタン計画)は、第二次世界大戦で最も金のかかる研究開発の1つである。この研究開発費用は合計約20億ドル、インフレ調整後の2021年には約300億ドルに当たる。しかしマンハッタン計画よりも50%高いプログラムが1つあった。マンハッタン計画を実現させるための爆撃機の製造で、その計画は押し進められた。このB-29生産は30億ドル。この意外な情報は、「we are the mighty」(2021.3.3)で知ることができた。
1943年11月のカイロ会談で、米大統領ルーズベルトは蔣介石に、アメリカの最新爆撃機ボーイングB-29が、中国の基地から日本を爆撃することを約束した。この時すでに100機未満のB-29が製造されていたが、飛行可能なのは15%にすぎなかった。
B-29は製造工程が複雑で、1機の航空機を製造するのに15万人以上の工場が必要だった。そのためB-29の開発には、コスト、金銭、労働者の面でほとんど考慮せずに進められた。B-29とそのコンポーネントは、ワシントンからジョージアまで全国で組み立てられ、作業の大部分は、カンザス州にあるボーイングの工場で行われた。最初の130機のB-29は、1944年5月8日までに米国から中国の空軍基地まで11,500マイルの旅をした。
1942年には目標を達成できず、6機の航空機を失った。これはB-29生産プログラムに大きな打撃を与え、アメリカの納税者に30億ドル(2021年換算で445億ドル強)の費用がかかった。さらに中国の遠隔基地は危険で、限られた空路でしか補給できなかった。しかし8月6日と9日に原子爆弾が投下され、B-29は戦略爆撃機としての価値を証明したとして、予算超過の政府の廃棄物から、米空軍力の力の象徴に変わったのである。