2 イスラエルの作戦 魔法のじゅうたん作戦(1949)
1949年アラビア半島南端部に位置するイエメンに、当時約5万人のユダヤ人が住んでいることがわかった。宗教指導者は、彼の国のほとんどのイエメン・ユダヤ人のうち約4万5,000人を去らせることに同意した。彼らは、国の辺鄙な場所から徒歩で空港に向かい、そこでイスラエルの輸送機に乗り込んだ。
使用した飛行機は延べ380便で、イギリスとアメリカの飛行機も空輸に従事していた。これらの貧しく孤立したユダヤ人のほとんどは、飛行機を見たことがなく、イスラエルに着陸すると、彼らはその飛行機を「魔法のじゅうたん」と表現した。
「魔法のじゅうたん作戦」のパイロットだったカナダのユダヤ人スタンリー・エプスタインは、カーティスC-46輸送機を月に270~300時間飛行したと述べた。1回の旅行で76人の乗客を運び、許可された人数よりも30人近く多くなった。この作戦にも使用されたダグラスDC-4は、60人乗りだったったが、この作戦では150人のイエメン・ユダヤ人を乗せたという。
「魔法のじゅうたん作戦」は。1949年5月から翌年9月末まで実施された。
その過程で、圧倒的多数のイエメンユダヤ人(イエメンから約47,000人、アデンから1,500人、ジブチとエリトリアから500人、サウジアラビアから約2,000人)がイスラエルに空輸された。(資料 前回同じ他)