シュールの本棚

マックス・エルンストの『百頭女』の影響を受けて、作品を作ってみました。

23 ロンドンの盛衰 フリーメーソン本部

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連合グランドロッジ・オブ・イングランド(UGLE)

●連合グランドロッジの開示

1717年以前は、イングランドスコットランドアイルランドに、それぞれフリーメーソンのロッジがあったが、1723年にジェームズアンダーソンは、グランドロッジの権限を確立する目的で憲法を発表した。

1730年代から1740年代にかけて、貴族的なロンドンの「グランドロッジ」と、アイルランドおよびスコットランドの伝統的な「グランドロッジ」との間で反感が高まった。そこでロンドンは、1809年にスコットランドアイルランドとの定期的な儀式に戻した。 1811年に両方のグランドロッジがコミッショナーを任命し、そして1813年12月にイギリスの連合グランドロッジ(「UGLE」)が、ロンドンのフリーメーソンホールに設立された。

●現代のフリーメーソン

一般に、まだまだフリーメーソンに関する陰謀説と敵対的な見方が残されている。そこでイギリスの連合グランドロッジは、一般市民とメディアへの対応方法を変え、 1990年代から新しく「開放性」を強調した。この方針は、「私たちは秘密結社ではなく、私的協会である」と宣言し、「一般にフリーメーソンの役割を知ってもらうために、オープンデーを開催し始めた。ロンドンのフリーメーソンホールとフリーメーソン図書館、博物館も、ガイド付きツアーを含め一般に公開された。

フリーメーソンホール

ロンドンのフリーメーソンホールは、イングランドの連合グランドロッジの本部であり、メンバーの主要な集会所である。グランドロッジは、1775年からグレートクイーンストリートにあり、現在のホールは敷地内で3番目の建物。1927年から1932年にかけ、第一次大戦で亡くなった3000人のフリーメーソンの記念碑として建てられたアールデコ様式の建物である。グランドテンプル(1700席)に加えて、21のロッジルーム、図書館と博物館、理事会と委員会の部屋、管理事務所がある。 建物は完全に一般公開されている。(資料 United Grand Lodge of England (UGLE )